第72章 欲しいもの
「…じゃあそういう顔しないでよ」
オレの言葉にナイフを布巾で拭っていた南は、その手を止めると不意に苦笑した。
そういう顔?
「雨に降られて道端に捨てられた兎みたいな」
「…だからオレは兎じゃねぇって」
てか、なんさその捨て犬や捨て猫みたいな設定表現。
犬猫を兎に変えただけだろそれ。
「嘘嘘。でもそうやって、元気ないラビ見ると放っておけないから」
元気…ないように、見えたんかな…。
「いっぱいいっぱい、任務先で頑張ってきたんだから。此処では甘えてていいよ。ティエドール元帥じゃないけど…教団っていう"ホーム"にいる時は」
南の小さな手が、オレの頭に伸びて遠慮がちに少しだけ撫でる。
オレにとって教団は仮住まいなだけ。
本当の"家"なんてオレは持つことはできない。
…でも…そういう場所がなくたって…そう、思える人はいる。
泣いてはいないけど泣きそうになったオレの頭を抱いて、"科学班の出迎え儀式"なんて言い訳をする南に、胸は熱くなった。
どうしようもなく熱くなって、どうしようもなく満たされた。
…今もそうだ。
こんな何気ない南の言葉が、オレの胸を熱くする。
その想いだけで、割となんでも乗り切れそうな気がしてくる。
「…南の言葉って、すげぇよな」
「え?」
素直に思ったことを口にすれば、オレの頭に触れていた南の手が止まった。
「前に言ってくれただろ?"心で守りたい"って。…あれ、本当に実行してくれたんだよな」
「言ったけど…それいつの話?」
「方舟ん中の時さ」
オレの心を追い詰めたのは、オレの弱点であるロードが作り出した南の幻だった。
だけど。
同時にオレの心を救ってくれたのは、紛れもない本物の南の言葉だった。