第72章 欲しいもの
オレらがこうして入院しているのは、つい数日前にノアとの激しい方舟内での戦闘があったから。
ロードの夢から抜け出せても、方舟の崩壊に呑まれてしまったオレは一度消えた。
そう、本当に消えた。
この世から。
後からアレンに聞くと、クロス元帥が"時空の狭間に吸収されただけで死んじゃいない"と言ってたらしいけど。
でもオレにはそれは"死"と同じもんだった。
意識はなかった。
本当にぷっつりと途切れて、最後に脳裏に浮かんだのは南の顔だった。
帰れると思ったのに。
南を泣かせないでいられると思ったのに。
一度掴んだ希望だったから、それを叩き潰された時の絶望は大きくて。
だから南の笑顔と"おかえり"の言葉を聞いただけで…情けなく泣きそうになってしまったんだと思う。
「コラ!駄目だぞ神田!」
「うるせぇ」
マリの静止も聞かずに、足早に病室を出ていくユウ。
「マーくんの言うこと聞きなさい。ユーくん」
それを止めたのは、ぬっと病室の入口に現れたティエドール元帥だった。
その手には立派な花束。
また見舞いの品なんだろうなぁ。
「…退いて下さい」
「可愛い息子達のお見舞いに来たんだよ。ベッドに戻りなさい、ユーくん」
「息子じゃねぇし教団に戻った途端、その呼び方になんのやめて下さいって言いましたが」
「弟子は我が子も同然じゃないか。照れないで家にいる時くらいは私に甘えておいで」
「………」
「諦めろ神田。師匠はこういう人だ」
額に血管浮かばせながら、ドスの効いた声を出すユウ。
でも効果は一切なし。
クロス元帥もそうだけど、このティエドール元帥も充分個性的で強烈だよな。
…オレ、どっちの部隊も嫌だなー…できればクラウド元帥の部隊がよかったさ…。
「おっ俺は…っ」
マリの静かなツッコミに、ブチブチと血管が切れるような音がする。
あ、やべ。
「あんたのそういうところが大っっっ嫌いだーッ!!!!」
プッツンきたユウが盛大に暴れて、周りにあった家具やらベッドやらが放り出される。
咄嗟に布団の中に潜り込んで、知らぬふりをすることにした。
やべぇやべぇ、本気でキレたユウは見境ねぇからなー。
関わらないのが一番さ。