第71章 〝おかえり〟と〝ただいま〟
「良い女がこうして待っていてくれるなら、此処に帰るのも悪くない」
するりと、あの時のように。
クロス元帥の黒い手袋をした手が、私の髪を一房撫でる。
元帥は教団から逃げ出す癖があるらしく、此処に長く滞在している姿はあまり見たことがない。
だからなのか、それともその言葉の意味になのか。
さらりと告げられ、私の胸は一瞬詰まった。
待っているだけなのは、本当に辛かった。
一緒に戦場に立てない悔しさ。
遠くで無事を祈ることしかできない歯痒さ。
何もできない自分を、ただただ非力に感じることしかできない。
「…私が待っていれば、元帥は帰って来ようって思えますか…?」
「あん?」
「……私が此処で待つ意味も…あります、か」
思わず縋るように問いかけてしまっていた。
待つだけで何もできない自分。
そんな私にも…意味があるのなら。
「当たり前だろ。待ってる者がいるから、帰ろうと思えるんだ。あいつらを戦場で生かしてんのは、そういう気持ちだ」
髪に触れていた元帥の手が、私の頬に触れる。
大きな手は包み込むように頬を優しく撫でた。
「自分の存在意義なんて問うな。お前は充分、必要とされてる」
再び近付くクロス元帥の顔。
でももう、そこに恥ずかしさはなかった。
眼鏡の奥の鋭い目は優しくて、嘘偽りない色をしていたから。
「俺達とは別の形で、此処でお前も戦ってただろう。この心で」
「心…?」
「だから自分を非力だなんて思うなよ」
まるで見透かすように言う元帥の言葉に、思わず息を呑む。
表情で読まれてしまっていたのか。
驚く私の顔を見て、元帥は予想していたのかふっと笑った。
「頑張ったな、お前も。俺らを労うならお前も労ってやらねぇと」
元帥の大きな手が、優しく私の頭を撫でる。
一緒に戦場に立てない歯痒さは変わらない。
此処で戦ってたとしても、やっぱり死と隣り合わせのラビ達に比べたら、私の戦いは生易しいものだと思う。
それでも意味があると、元帥が言ってくれたから。
「…元帥…」
その言葉は私の心を、確かに軽くしてくれた。