第69章 夢世界
「……あのコ、置いていっちゃっていいの?」
"あのコ"と顔のないアレンの体が口にしながら、その手は"それ"を指差した。
「………」
其処にいたのは、無表情に静かに立つ南の幻。
「…な訳ねぇだろ」
オレが帰らなかったら、きっと南はあの苦痛に歪んだ顔をする。
その癖涙は呑み込んで、一人で悲しみを抱えようとするんだ。
置いていきたいはずがない。
ちゃんと帰って"ただいま"って言ってやんねぇと。
きっと待っていてくれてるはずだから。
───けど。
「…これが"オレ"の今できる、ベストの選択だったんだよ」
これ以外に、打破できる案なんて思いつかなかった。
「……悪いな、」
シュウウ…と体から熱気が上がる。
恐らく現実世界で自分に向けた火判の攻撃が、ここでも効いているんだろう。
「さよならだ…」
…悪ィ、南。
すげー不本意だけど…すげー嫌だけど。
リーバーにその役を譲ってやるからさ。
だから…一人で呑み込むなよ。
泣いたっていいんさ。
涙は弱い証拠じゃない。
それだけ、相手を思う気持ちを持ってるってことだから。
それだけ、優しい心を持ってるってことだから。
無理矢理泣かせんのは嫌だけどさ…悲しむ涙もできれば見たくないけど。
でもオレ、南の涙も好きだから。
"嫌、だ。これ…っごめ、"
初めて見た、南の溢れ落ちた涙。
暗い瞳からぽろぽろと溢れ落ちるそれは、何にも染まらない色をしていた。
戸惑いながら涙を零す南のその姿は、オレの胸を締め付けた。
けれど同時にオレの目も釘付けにして離さなかった。
だってあんなに綺麗なもん、オレは他に知らなかったから。