第69章 夢世界
バシャリと水場に落ちる、顔を失くしたアレンの体。
じわりじわりと、その首から漏れる赤いインクのような色が水場を染めていく。
「何その反応?」
その顔を吹き飛ばしたのは、もう一人の"オレ"だった。
「こんなのインクの塊じゃん、"ラビ"」
「っは…ッ」
「こんなもんも黙って見てられねぇんじゃ、もう駄目だな。お前、失格だ」
息が上がる。
落ち着け、オレ。
これはただの幻だ。
これは本物のアレンじゃない。
───お前はもう、ブックマンにあらず
「っせぇよ…」
オレの頭ん中で好き勝手言うのはやめろ。
オレはオレだ。
他人に惑わされたりしない。
ここにいるアレンもリナリーも教団の連中、皆。
「っ…!」
これはただの幻だ…!
───パシャッ
水音が鳴る。
アレンのトランプが落ちた時より、ずっと大きい音。
俯くオレの視界に映ったのは、水の中に立つ細い足。
───あ。
「……ラビ…」
恐る恐る顔を上げる。
細い足に、クタクタの白衣姿。
アレンより小さな背丈で、目に映った顔はオレが恋焦がれてやまない人。
「……南…?」
───パシャ、
水音が鳴る。
小さな歩幅で歩み寄る体。
「っ…」
違う、これは南じゃない。
南はこんな所に今はいないはずだ。
これはただのロードの作り上げた幻。
幻だ。
「…ラビ、」
すぐ目の前に立つ体。
立ち竦むように其処から動けずにいるオレに、南の手が伸びる。
頬に触れた小さな手から伝わったのは、じんわりとした確かな人の温もり。
「っ…南…」
違う。
これは南じゃない。
よく見ろ。
本物の南とは違う…!
「本当に、そう思ってる?」
まるで見透かすような声だった。