第69章 夢世界
───これは幻だ
「そうだ、幻だ」
まるで内の心に応えるように、"ジジイ"が呼びかけてくる。
「我らが記す歴史の形───…"人間"という名の紙上のインク」
周りの棺から溢れ出すように、這い擦り出てきたのはどれも見知った顔だった。
アレンにユウにコムイにクロウリー、科学班の連中やファインダーの連中。
「ラビ…」
「…ラビ…」
「ラビィ…」
その顔から血を流しながら、まるで縋るように呼び掛けてくる。
なのにそいつらの真ん中に立つ"ジジイ"の声だけは、やけにクリアに耳に届いた。
「インクは書き手に語りかけはせん。お前はインクを引く度に、いちいち心を痛めるのか?」
「ち…ッ幻でも煩ぇな、ジジイ」
「儂はお前の記憶から成り立っとるからな。だが煩いと感じるのは、お前がこの者達をインクと思っとらんからだ」
「…やめろよ」
「我ら一族の"役目"とは何か?"ラビ"」
オレの記憶がいっちょ前に、ブックマン面して語ってくるんじゃねぇよ。
そんな小姑みたいにうるせぇジジイは、本物一人で充分だ。
「何を捨ててでもそのひとつの為に、世界の枠の外で生き続けるが我らブックマンであろうが」
「…やめろ…っ」
わかってんさ、そんなこと。
言われなくたってわかってる。
ガキじゃねぇんだ、そんなこととっくに───
「ラ…ラビ…」
聞こえた声は、オレの抱く腕の中から。
「わ、わた…しは…まだ…」
見下ろした先。
腕の中で見上げてくるリナリーが、オレに縋るように問い掛けてくる。
「せかいのなかにイる…?」
ヒュッ
空気を切る音がして、刃物が額を掠った。
「ッ!」
咄嗟にリナリーから飛び退く。
掠った刃が、バンダナを断ち切ってぱさりと地面に落ちる。
「ラビィ…どうしてぇ…?」
その刃は、リナリーの手に握られていた。