第64章 心に触れる
「南…俺じゃ駄目か?」
少しだけ私の目線より下にある班長の顔。
見上げるようにして重なるグレーの薄い瞳。
「俺は…どんな姿の南も、全部受け止めていたいんだ」
───あ、駄目だ。
「っ…」
朝方の船の客室の中で、神田を前にした時と同じ。
情けない自分が出そうになる。
咄嗟に俯いて、歯を食い縛る。
こうして止めれば、きっとまたすぐに落ち着く。
そう、思ったのに。
「…っ…」
その波は、一向に治まらなかった。
「………南」
俯いて視界には入らない班長が、私を呼ぶ。
「南、」
もう一度。
「…心だけで泣くな、南」
それはすとんと、私の中に落ちてきた。
───…ポタ、
「……ぇ…」
すとんと落ちて
ぽたりと零れたのは。
涙。
「ぁ…」
ポタポタと、俯いて見えるシーツに染みを作っていく。
「…っふ…」
体が震える。
口元がわなわなと開く。
「っぅ…ぅえ…ッ」
まるで堰を切ったかのように、子供のような嗚咽が溢れた。
「っこ…わ、かった…ッ」
ぐずぐずと漏れる嗚咽に交じって、零れる思い。
「しんぞ、にぎら…て…ッしぬ、って…ッ」
目元を両手で覆っても、隙間から零れる涙と声は止まらない。
「じぶんのからだ…っのに、…じぶん…ない、みたいで…ッ」
怖かった。
心臓を握られる以上に、自分の体を好きにされることが。
凄く怖かった。
「はんちょ、…は、ちが…のに…ッこわ、くてッ」
ごめんなさい。
怖がってごめんなさい。
強くなれなくてごめんなさい。
「わた…っよわくて…ごめ、なさ…ッ」
「南」
ふわ、と
何かに包まれて、淡い照明の光が閉ざされた。