第64章 心に触れる
「お前は何も悪くない」
同時に、何かに抱きしめられる。
「っ…?」
視界は涙で濡れて、よく見えなかった。
でも私を包むその匂いは、確かに…リーバー班長のもの。
「悪くないから」
…あ。
私の体を包んでいるのは…班長のスーツ?
「嫌ならすぐ離すから…少しだけ、こうさせてくれ」
声はすぐ傍にある。
私を抱きしめてるその感覚は、間違いなく班長の腕。
だけど直接的に伝わってこないのは…そのスーツで私を包んでいるから。
「は…ちょ…」
「今はこうしてないと、俺が駄目なんだ」
私を抱きしめる腕は、優しい。
だけどすぐ傍で聞こえる声は、酷く儚かった。
「一人で立たせてごめんな…怖い思いさせて、ごめん。沢山傷付いてたのに、すぐ気付いてやれなくて…本当にごめん」
辿々しい謝罪だった。
私に安心をくれていた、よく聞く優しくて温かい班長の言葉とは違う。
辿々しくてぎこちなくて、どこか儚い、そんな声。
「ごめんな南…」
くれる言葉も、神田のように強くて頼れるものじゃない。
なのになんでだろう。
「っふ…」
体が震える。
口元が震える。
嗚咽を促したのは、そこに"恐怖"を感じたからじゃなかった。
「ぅ…ッ」
"安心"したからだ。
どこか不安定に感じる班長のその声や言葉は、今の私と同じ。
同じように、班長も不安だったんだと思うと。
私と同じだったんだと思うと。
この間接的に触れる腕に、恐怖なんて感じなかった。
「ふぇ…ッ」
零れる思いのまま、その胸元に顔を押し付ける。
ぐずぐずと漏れる涙は止まらずに、私は嗚咽を零して泣いた。
「………」
班長はそれ以上何も言わなかった。
そのスーツの上から感じる私を囲う腕は、とても優しくて。
だけどしっかりと抱いたまま、離そうとはしなかった。
ずっと、ずっと。