第64章 心に触れる
「どこが大丈夫なんだよ、問題ならもう起きてるだろ…!」
「…っ」
思わず息を呑む。
こんなふうに怒鳴りつけられたことは、今までも仕事中に何度もあった。
ジョニー達と一緒に、新人時代はよくこうしてリーバー班長に怒られたから。
でも。
「大丈夫だなんて言うな…そんな顔して笑うなよ…ッ」
苦々しく、こんなに顔を歪ませて吐き出す班長は見たことがなかった。
…違う。
あの時と一緒だ。
私を捜しにノアに捕まった部屋に、飛び込んできてくれた時。
苦々しい顔で、でも切ない響きで悪態をついていた。
"大丈夫か…って、大丈夫じゃねぇよな…くそ、"
私にコートを羽織らせてくれながら。
まるで自分を責めるように、そう顔を歪ませていた班長と一緒だった。
「ッ……あのノアに……触られたんだろ」
目線を下に落として、ぼそりと呟かれた声は小さい。
だけど確かに班長はそれを口にした。
今まで何度か体のことを聞かれたけど、全部その表現は曖昧だった。
そんな敢えて言葉にしなかったことを、触れなかったことを。
はっきりと、班長は口にした。
「未遂であってもなくても…俺には同じだ」
ぐっと拳を握る。
それを床に押し付けて、班長はゆっくりと私に視線を合わせた。
「お前の体を好き勝手触られて、俺は大丈夫じゃいられないんだ」
はっきりとした声だった。
歪んだ顔は、まるで怪我を負ったかのような痛々しいものだった。
…この顔は知ってる。
任務でエクソシストやファインダー達の、死亡報告を聞いた時の班長の顔だ。
自分の心を傷付けて、耐えるように歪ませていた顔。
いつもそれは一瞬で、すぐに切り替えていたから。
あまり見たことはないけど…私は知っていた。
"酷い顔してるぞ、お前"
同じように顔を歪ませてしまった私を、班長は気遣ってくれたから。
自分のことより、部下である私を気遣って。
"あんまり一人で、抱え込み過ぎるなよ?"
ぽんと、頭を軽く一度だけ撫でてくれた。
まだあの時の私は新人で、怒る時は厳しい言葉で怒る班長を怖い上司だと思っていた。
だけど。
あの時初めて、そうじゃないんだと気付かされた。