第64章 心に触れる
「わたしが…もっとちゃんとしていれば、ノアにつかまることもなかったとおもいます」
「…それは違うぞ。後ろにあったお前の気配が急に消えて見失ったって、神田は言っていた。多分ロードっていうノアと会った時に、何かされたんだろう」
…そうなのかな。
でも確かにあの夜の甲板で出会ったロードは、神田が私を置いていった訳じゃないと笑顔で言っていた。
あの時から既に、ロードの能力で何かされてたのかもしれない。
「そんなノアの技を回避する方が至難の業だろ。お前の所為じゃない」
ベッドに座り込んだまま俯く私の顔を伺うように、班長が距離を縮める。
下から、そっと覗き込む顔。
だけどその距離はいつもより少し遠い。
…きっと私を気遣ってくれてるから。
「だから───」
そう、続きを言いかけた班長の言葉が止まる。
「…?」
なんだろう。
見返せば、班長と目が合うことはなかった。
言葉を呑み込んだまま、班長のその目は私の首元を見ていたから。
なんだか凝視するような目で───
「──!」
はっとしてチャイナ服の襟を寄せる。
寝巻きに使っていたから、首元の襟は緩めて開けたままだった。
……まずい。
もしかして…あの跡を見られた…?
「南…お前…」
「だっ…いじょうぶですッ」
ぎゅっと襟首を掴む。
班長のその言葉の続きを聞きたくなくて、声を荒げて遮った。
大丈夫だから。
だから、その先を言わないで下さい。
わかってる。
班長も神田も、きっと気付いてる。
でも見られたくない。
知られたくない。
あんなノアに遊ばれた、こんな自分の姿。
「だいじょうぶです、ほんとに…」
安心させるように笑いかける。
大丈夫、触れられないけど笑うことはできる。
ちゃんと笑えてる。
「なにもしんぱいすることは…おきてませんから」
それは嘘じゃない。
だって未遂だったから。
恐怖は植え付けられたけど、体は汚されてない。
だから、大丈夫。
大丈夫。
「ッ…大丈夫じゃねぇだろ!」
唐突だった。
その罵声が響いたのは。