第64章 心に触れる
伺うように見てくる班長に、咄嗟に笑って返す。
「だいじょうぶです。すこしねぶそくなだけですから」
そう言えば、当たり前に相槌を打ってくれるかと思ったのに。
リーバー班長は何も返してくれなかった。
「………」
沈黙ができる。
「えっと…あ。」
その沈黙がなんとなく嫌で、何か言葉を吐き出そうとして思い出した。
───そうだ、神田。
「かんだ、そとにいるんですか?」
私が寝ている間ずっと待機していてくれたなら、休ませないと。
「いや、今はいない」
「え?」
ベッドから下りようとした私を止めたのは、班長の静かな声だった。
「俺が南と二人で話したかったから…無理を言って、外してもらった」
え…じゃあ今、神田は傍にいないの?
「………」
それを悟ると、少しだけ不安が胸の奥に浮かぶ。
あの少し距離感を保って傍にいてくれている神田の存在は、確かに私を落ち着かせてくれたから。
「…悪い」
そんな不安が、表情に出てしまっていたのか。
班長は小さな声で謝りながら、どこか哀しそうな顔をした。
…あ、また。
胸がツキリとする。
「神田は悪くない。あいつは、南との約束を守ろうとしていてくれた。…俺が無理言ったんだ」
〝約束〟
班長の口から出てきたその言葉は、確かに神田と交わしたもの。
あんなにはっきり口にしてくれた神田だから、簡単に破るはずはない。
それでも班長の意見を通したってことは…そこまで大事な話があるのかな。
「…あの…はんちょう。おはなしって、なんですか?」
昨夜の報告なら、もう列車の中で済ませた。
それ以外で何かあったのかな…?
「………」
問いかけに、班長はすぐには応えなかった。
口を固く結んで、その表情はどことなく難しいもの。
…この沈黙は、今日何度も感じてるものだ。
私達の間にあるのは、ぎこちない空気。
…やだな。
班長とこんな空気になるなんて。
でも回避したくても、なんて言ったらいいのか。
簡単に触れられないのに、安易なことなんて言えない。