第64章 心に触れる
「…だよ、ね…?」
そう、自分に問いかける。
さっきまで感じていた悪寒が、現実か夢なのか一瞬曖昧だったから。
だけど机に置かれている神田の荷物を見て、やっぱり此処はホテルの中なんだと実感した。
「…はぁ…っ」
ベッドの上でもう一度、深く息を吐く。
ベタベタと纏わり付く冷や汗が不快で、シーツで手を拭った。
───大丈夫
此処には誰もいない。
誰もいないから。
だから大丈夫。
「…っ」
大丈夫、大丈夫。
そう何度も胸の内で繰り返し唱える。
それでも、また微かに震える指先にぎゅっとそれを握りしめた。
「なさけな…」
本当に情けない。
こんな夢に見て怯えるなんて。
しっかりしろ、私。
「…こころは、つよくなきゃ…」
体は弱くたって、心さえ強くあればいい。
どんなに抗えなくたって、心さえ汚されなければ。
きっと、それで──
「…っ」
そんなの、ただの言い訳だ。
「…も、やだ…」
なんで私は弱いんだろう。
立場が違うことなんてわかってる。
私は普通の人間。
エクソシストなんて存在は、遥か高み。
私の手なんて届かない所にある。
それは仕方のないこと。
普通だから、強くありたいのに。
この心だけでも。
ラビやアレンや、リナリーや神田や。
私よりも子供なのに、私よりもずっと大変な思いをしてるあの子達を。
せめて心では、守りたいって思うのに。
「ほんと、なさけな…」
なんで私は弱いんだろう。
なんで強くあれないんだろう。
あのノアにとっては単なる"遊び"だったのに。
それをこんな形で引き摺って。
情けない。
涙が出そうになるくらい。
「っ」
ぐっと歯を食い縛る。
泣くな。
あんなノアなんかに流す涙なんてない。
あんな───
コンコン、
「──!?」
突如聞こえたノック音に、思わず心臓が跳ねる。
『…南、俺だ。…入ってもいいか?』
ノック音が聞こえたドアの向こう。
其処から聞こえたのは、控えめな優しい声だった。