第63章 葛藤と決断
「……なんでそこまで南に固執するんだ?」
確かにあんなことがあったから、南の護衛をする気持ちはわかる。
だからって、神田はここまで赤の他人に感情を向けるような奴じゃなかったはずだ。
俺が南に手を出さないことなんて、わかってるはずなのに。
なんでここまで拒否するのか。
「…俺の勝手だろ」
鋭い眼孔を持った目が、不意に逸らされる。
語らないその中に、明確な理由があるのか。
「それは神田の勝手かもしれないが、俺にもあいつは大事な部下なんだ。このまま腫れ物扱いしていたくない」
神田の意志の強さは知ってる。
でもだからって、これは譲れないんだ。
「ちゃんと話したい。…ちゃんとあいつと向き合いたいんだよ。後じゃ駄目なんだ、今でないと」
時間が解決することなら、俺も間を置く。
でも今回は違う。
あいつをまた怯えさせてしまうかもしれない、そんな不安はあっても…弱ってるあいつを放置なんてできないから。
「………」
俺の言葉に、鋭い目を向けたまま神田は何も応えない。
沈黙が続いた時、
「──!」
先に動きを見せたのは神田だった。
急にぱっと顔を上げたかと思えば、その目はドアへと向く。
「………」
「…神田?」
じっとドアを見て動かない神田に、疑問が浮かぶ。
なんだ、どうした?
「………」
呼びかけに神田は応えない。
その目はじっとドアに向いたまま、何故かその眉間に皺が寄った。
「………泣いた」
は?
「…泣いたんだよ、あいつ」
ゆっくりと、神田の顔がドアから俺に向く。
「誰にも見えない所で、一人で泣いたんだ」
俺の思考は完全に、その神田の言葉に持っていかれてしまった。
南が…泣いた?
「だから約束した」
「…約束?」
「あいつを一人で泣かせない為に」
静かにそう口にする神田の目は、もう鋭い光を放ってはいなかった。
ただその黒い感情の見えない目に、強い意志が見えたような気がした。