第62章 名前
「か、かんだ…っわたし───」
暴君と相部屋なんて、きっと威圧で眠れない。
慌てて断ろうと声を上げかけて、はっと思い出した。
"ひとのけはいが、おちつかなくて…"
薄暗い夜明け前の甲板で、寝付けなかった理由を神田に話した時のことを。
神田は意味のない行動なんて取らない。
……もしかして…私の為に、別々にしようとしてくれてる?
「なんだよ」
中途半端に呼んでしまって、私を見下ろしてくる神田と目が合う。
本当にそうかはわからないけど…皆に囲まれて寝るよりは、神田一人の方がまだ心は楽かもしれない。
何より今朝から感じてる神田の空気は、私には嫌なものじゃなかったから。
「…う、ん。わたしも、かんだといっしょがいいです…」
「は?」
おずおずと言えば、驚き声を上げたのはジジさん。
「南…いつから神田の女になっちまったんだ…」
「何阿呆なこと言ってやがる」
「ぶっ!」
まじまじと私を見て呟くジジさんの頬に、神田の拳がめり込む。
「南…お前、それ本心か?」
不意に班長が、膝を床に付けて問いかけてくる。
目線の高さを合わせてくれる気遣いは、変わってない。
「はい。すみません、わがままいって…」
深々と頭を下げれば、班長は押し黙った。
顔を上げて見えたのは、どこか哀しそうな顔。
…あ。
胸がなんだかツキリとする。
「…わかった。なら別部屋にする」
すっと腰を上げた班長は、早々と受付に向き直った。
「本当にいいのか、リーバー」
「ああ、南も疲れてるだろうし。早く休みたいだろ」
チェックインを済ませて、キーを手にした班長は私にそれを差し出した。
その顔は、優しく労う表情。
でも少しだけ、列車の中で見た労う顔とは違って見えた。
「すみません、はんちょう…」
「気にするな。お前は自分を優先してろ」
優しい班長の言葉は胸に沁みるのに、ツキリとまた少し痛む。
キーを受け取れば、あっさりと離れていく体。
触れられない癖に、そんな班長にどこか寂しさを感じてしまう。
そんな自分の身勝手な気持ちに、嫌気が差した。