第62章 名前
「まぁ、可愛らしいお連れね」
…うん。
確かに、神田の連れとしては役不足でしょうけど。
退かなそうなその女性に、プールでのチャラ男さんと同じ対応でもしようと───
「妹さんかしら?」
「………」
……うん。
私が言わずとも、ナイスバディのお姉さんが言って下さいました。
「あの、お…にいちゃん、はいそがしいので…」
「何言ってんだよ」
なんとか"兄"と口にしながら、お姉さんの誘いを断ろうとしたら、何故かそれを神田に止められた。
貴方の為に言おうとしてるんですが。
「こいつは俺の仕事仲間だ」
「仕事?」
はっきりと言い切った神田のその言葉に、お姉さんと共に目を丸くする。
…一日目は私を娘扱いしてたのに。
「こんなに小さな子が?」
「だからなんだ。見た目で勝手にこいつを括るな」
まじまじと見てくるお姉さんの言葉を、すっぱりと一刀両断する神田に迷いはない。
「そうなの?貴女、おいくつ?」
「え、っと…」
私に興味を持ったのか、ティナさんみたいに私経由で神田の逆ナンでもしようとしているのか。
綺麗な顔を屈めて近付けてくるお姉さんに、どう応えようかと考えあぐねていると。
「椎名」
間に割り込んできたのは、はっきりとした神田の声。
「行くぞ」
車両廊下に続くドアを開けて、促すように視線を寄越してくる。
その口が呼んだのは、確かに私の名前だった。
「ぁ…うん、」
思い掛けない呼び声につい一瞬固まって、慌てて後を追う。
私の周りでファミリーネームを呼ぶ人はそういない。
リーバー班長もジジさんも、この任務中一度も私の苗字なんて呼ばなかった。
私から名乗ったのも、一週間も前に真夜中の教団でばったり神田に出会った時だけ。
…私の言ったこと、ちゃんと覚えててくれたんだ。
今まで"お前"とか"科学班"とか、そんな名称ばかりで一度も名前を呼ばれたことはなかったから、凄く驚いたけど。
同時に凄く嬉しくなった。
私をちゃんと教団の仲間として扱ってくれたのも、きっと理由の一つ。
こんな姿になってからずっと神田には子供扱いされてたけど、初めてきちんと私自身を見てもらったような気がしたから。