第62章 名前
程よい距離感を持って、でも確かに守ってくれている存在は私の心を少しだけ落ち着かせた。
後は以前みたいに普通に眠れるようになれば、いいんだけどな…。
「…はぁ」
周りに聞こえないように小さく息をつきながら、窓の外に目を向ける。
速い速度で通り過ぎていく風景。
遠くに視線を変えれば、山々の景色が続く。
…駄目だ。
また眠くなりそう。
「…あの。トイレ、いってきてもいいですか?」
昨日の今日だから、下手に動き回って班長達に心配はかけられない。
だからなるべくじっとしていたかったけど…じっとこの睡魔と戦うのは正直しんどかった。
トイレに行って、顔でも洗ってこようかな。
「じゃあ一緒に───」
「俺が行く」
そう伝えれば、ジジさんより先に神田が腰を上げた。
エクソシストである神田なら、適役と思ったのか。
リーバー班長もジジさんも、特に止めはしなかった。
「───ふぅ…」
一人用の狭い列車内のトイレで顔を洗う。
水に濡れた自分の顔は、鏡で見ると疲れた顔をしていた。
…これもう、普通に子供の顔じゃないな。
「こんなかおしてたら、しんぱいかけるかも…」
寝不足もあるんだろうけど、それでも駄目だ。
タオルで顔を拭きながら、ふるふると首を横に振る。
しっかりしろ、私。
ぱんっと顔を両手で叩いて、喝を入れる。
その衝撃で眠気も吹き飛んだ。
よしっ
「かんだ、おまた…わあ。」
トイレから出て、待ってくれているであろう神田に声をかけようとして失敗した。
「暇があればでいいから。どうかしら」
「暇なんかねぇよ」
列車のドアに背凭れて腕組みして立っている神田に、声をかけている女性が一人。
どう見たって逆ナンされてる。
一日目はティナさん。
二日目はチャラ男さん。
そして三日目は、このナイスバディな年上お姉さん。
物の見事に、三日間声をかけられている。
…うん…なんかもう…神田がどこか人気芸能人みたいに見えてきた。
色々とお疲れ様です。
「連れがいる。邪魔するな」
「連れ?」
不意にばちりと、神田と目が合う。
ドアから背を離して歩み寄る神田に、女性の綺麗な切れ目が私を映した。
綺麗な中国人女性だなぁ。