第62章 名前
「なかなかねつけなくて…」
苦笑混じりに言っても、班長は笑わなかった。
寧ろ眉間に皺を寄せて、難しい顔をする。
「…悪い」
「……え?」
不意にその手がそっと動いた。
簡単に手を伸ばせば触れられる距離にいるから。
浮いた班長の手が、私に伸びて──
…あ。
"生きたまま心臓を抜かれる感覚って、どんなもんなのかな?"
「…っ」
駄目。
思い出すな。
「俺が───」
「おい馬鹿押すな…!!」
班長が何か言葉を発そうとした瞬間、重なる別の声。
「え?」
「は?」
急に車両に飛び込んできたその人影に、思わず班長と目を点にした。
一瞬、スローモーションのようにも見えたそれ。
宙を舞うお弁当や飲み物。
それらを腕に半ば抱えたまま、驚愕の顔で空を舞う───
それはジジさん。
「うわ…!?」
「ぅぶっ!」
「は、はんちょうっ!ジジさん!?」
一瞬だった。
あっという間に宙を舞ったジジさんが、一瞬スローモーションのように映って。
それからあっという間に班長の上に落下した。
辺りに飛び散るお弁当や飲み物。
思いっきりジジさんに下敷きにされた班長に、慌てて席から飛び下りる。
「だいじょうぶですか…っ!?」
「イテテ…こるぁ神田!いきなり押すんじゃねぇよ!」
「手が滑った」
「何が滑っただ、思いっきり押しただろーが!」
班長の上から身を起こしながら、後方に怒鳴り付けるジジさん。
しれっとした顔で車両に入ってくる神田には、まるで効果はないみたいだったけど。
「だいじょうぶですか、はんちょう…っ」
「っ…ああ、平気だ」
なんとか身を起こしながら、苦笑する班長はいつも通り。
よかった。