第62章 名前
ロードと名乗る、空間を操るノア。
ティッキーと呼ばれていた、物質を通り抜ける力を持つノア。
マリアさんの皮を被っていた、蜘蛛のようなAKUMA。
なるべく事細かに、情報として役立つように。
報告する間、班長は何も言わずにじっと耳を傾けてくれていた。
「───いじょうです」
私の知っていた全ての情報を伝え終えて、一息つく。
ロードに誘われた遊びのこと。
AKUMAが鬼役をしていたこと。
泣き黒子のあのノアは、元々は遊びに加担していなかったこと。
全部話した。
…私が、あのノアに捕まったことだって。
でも、あのことは言えなかった。
あのノアに捕まって、私がされたこと。
服を破かれた状態で"大人の遊び"だと口にした、あのノアの言葉の意味は班長も神田もわからないはずはない。
だから頻りに、体の心配をしてくれていたんだろう。
でもはっきりと大丈夫だと昨夜伝えたから、未遂であることはきっと伝わってるはず。
…それなら無理に、これ以上話す必要はない。
「………」
沈黙ができる。
今朝、神田との間で感じたような沈黙じゃない。
どこかぎこちなさが残る空気。
「…そうか、」
その沈黙を破ったのは、ぽつりと漏れた班長の声だった。
「大変な思いをしたな…悪い、色々聞いて。今回のことは、俺から室長に報告しておくから。お前はなにも気にするな」
「はい…ありがとうございます」
優しく笑いかけてくれる班長に、頭を下げる。
いつもと変わらない、労うようなそんな顔。
そんないつもの班長だったけど。
「………」
再び作られたその沈黙は、いつもの班長のものじゃなかった。
「…はんちょう?」
黙り込む班長に声をかける。
その目はじっと私を見たまま、やがてゆっくりと口を開いた。
「南…お前、ちゃんと眠れたのか」
「え?」
「隈ができてる。…眠れなかったのか」
静かな声で問いかけてくる班長の声は、どことなく心配そうに響いていた。
班長の洞察力の凄さは知っているから、到底誤魔化すことなんてできない。
だから素直に頷いた。