第62章 名前
「南、」
ジジさんを見送っていると、不意に真正面に座っていた班長から声がかかった。
目を向ければ、それ以上は何も言わず。
その薄いグレーの目は、何故か神田に向けられた。
「…神田、少し席を外してくれるか」
え?
「南と大事な話があるんだ」
「………わかった」
じっと班長の顔を見て、神田が静かに席を立つ。
大事な話って…
「………」
なんだろう、とは思わなかった。
だってそんなもの決まってる。
私はまだ詳しい話を皆にしていない。
あの夜、何があったのか。
班長もジジさんも聞く素振りは一切見せなかったけど…きっと気にしてるはず。
というか、気にならない方がおかしい。
「ドアの前にいる。終わったら言え」
「ああ、悪いな」
車両を出ていく神田に思わず目を向ければ、その目は確かに一瞬、私に向いた。
「大丈夫だ、見えてる」
それだけ口にして、早々とドアの向こうへと消えた。
…多分、一枚ドアを隔ててるけど…ちゃんと見えてるって、そう伝えてくれたんだろう。
目の届く所にいたら約束できるって、そう言ってくれたから。
ガタン
ゴトン
揺れる列車の車輪音が、静かに車両に響く。
「………」
神田が車両を後にして、班長はすぐには口を開かなかった。
じっと何かを思うように私を見る。
「…はんちょう…」
その沈黙が少し怖くて、つい名前を呼んでしまった。
恐らく、次に問われることはわかってる。
「…昨日の今日で、急かすようなことして悪いが…教えてくれるか。昨日、何があったのか」
……やっぱり。
「…はい、」
それに対する答えなんて決まっていた。
ちゃんと伝えないと。
ノアが関係していたなら、教団としても大事な情報。
隠すことなんてできない。
「きのう、おひるにふねのうえでであったおんなのこは…ロードとなのっていました」
布団の中に潜り込んで、いつまでも眠れずにいた昨夜。
その間に考えてまとめた項目を、静かに班長に告げていった。