第61章 弱い心と強い心
「ひとのけはいが、おちつかなくて…」
「……そうか」
苦笑混じりにそう言えば、神田は荒い言葉を吐いたりはしなかった。
そうか、と静かにそれだけ口にして。
「………」
沈黙ができる。
でもそれはロードと夜の甲板で出会う直前に感じた、あの居心地の悪い沈黙なんかじゃなかった。
「───ぁ」
不意にきらりと、海の地平線から覗く光。
目も眩むような明るい光が、一気に薄暗い世界に差し込む。
夜明けだ。
「…きれいだねー…」
思わず素直な言葉が漏れる。
キラキラと暗かった水面を照らしていく朝日は、とても綺麗だった。
その光が徐々に大きくなって、私達の体も照らしていく。
じんわりと肌を温めていく心地良さ。
「……こういうのを"心地良い"って言うんだろ」
「え?」
まるで思考を読んだかのように、さらりと口にした神田の言葉に驚いた。
「お前が言ってた"羊水"と一緒だ」
…覚えてたんだ。
思わずまじまじと見上げれば、神田は変わらず水平線の太陽を見つめたまま。
その横顔を優しい光が照らしていく。
「…意識はなかったが、体は感じてた。水の中に浮かぶ感覚」
ぽつぽつと静かに口にするその言葉は、確かにあの…羊水の話。
「意識はなくても、ずっと呼びかけてくれる声がいるのは知っていた」
呼びかけてくれる声?
…母親の声とか?