第61章 弱い心と強い心
「傍から聞くとうざいとも思ったが、今思えばあれがあったから今の俺がいる」
母親の声をうざいって…神田らしいかもしれないけど。
思わず苦笑していれば、不意に神田の顔がこちらに向いた。
「だから記憶にあったんだよ、その体感」
───あ。
その言葉に思わず私は固まった。
だってそれは確かに、私が問い掛けたことへの返事だったから。
"きおくにあるって…あかちゃんのときのってこと?"
"…関係ねぇだろ"
あの時は拒絶したその問いに、ちゃんと答えてくれた。
神田にとっては何気ないことだったかもしれないけど、それは私には凄く大きなことで。
「……そっか」
色々と言葉を伝えたくなったのに、色々と言葉は出てこずに。
口から出たのは、そんな相槌だけ。
だけどそれで充分だと思えた。
「………」
それ以上、私達の間に会話はなかったけど。
無駄なことを言わない神田の口数少ない言葉は、今の私には丁度良い距離。
確かにその距離が"心地良い"と思えるようなものだったから。
キラキラと太陽光が反射して光る水面。
それと同じように優しく照らされる神田の顔は、なんだか少しだけ穏やかに見えた。