第61章 弱い心と強い心
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部屋を出ると、元々一瞬の勢いだったからか。
涙は呑み込むことができた。
「…かんだ」
ドアを出てすぐ近くの甲板で、神田は足を止めた。
まだ朝方だから辺りは薄暗い。
それでも振り返ったその顔から、表情は読み取れるくらいの明るさ。
「ありがとう」
頭を下げて、礼を言う。
班長やジジさんより、一番怖さを感じる対象かと思ってたのに。
そんな神田がくれた言葉は、私の心を覆ってくれた。
それは彼らしい、どこか乱暴なものだったけど、それでも確かに私の心を包んでくれた。
「礼言うくらいなら、約束守れよ」
「…うん」
ジジさんのように色々とスキンシップを取らない神田は、いつもどこか僅かに距離を置く。
今もそう。
甲板の柵に手をかけた神田と、私の間に少しだけ開いている距離。
その僅かな距離が、今の私には丁度良かった。
「…そろそろひがのぼるね」
甲板から見える、海と空。
薄暗い明かりが空の雲をゆっくりと照らしていく。
夜明けが近いんだろう、海の地平線を見て呟けば視線を感じた。
見上げれば、一人分開いた距離で見てくる神田と目が合う。
「お前、なんで寝なかったんだよ。疲れてたんじゃねぇのか」
「…よこになってみると、いがいとねれなくて」
布団の中で縮こまって、強く目を瞑って、何度も意識を飛ばそうとした。
でも完全に意識を手放して、無防備になるのが怖かった。
カーテン越しに感じる人の気配が、気になって仕方なかった。
「…怖い夢でも見たか」
「え?」
不意にぽつりと問いかけられる。
その顔はふいと私から視線を外すと、目の前の薄暗い海に目を向けた。
「夢に魘されて寝付けなかった奴が、昔いたから。…そういうもんならわかる」
「………」
誰だろう、それ。
疑問に思ったけど、多分問いかけても神田は答えてくれなさそうな気がした。
「……うん。すこしだけ…こわかったかも」
同じように海へと視線を移す。
強がるなと言った神田になら…少しだけ、吐き出せる気がして。