第61章 弱い心と強い心
「ちょっ…と、まってッかんだ…!」
「煩ぇ黙れ」
なんで私が怒られなきゃいけないの!?
ぶらぶらと揺れる視界に慌てて神田を見上げれば、その目は私に向かなかった。
「担がれるよりマシだろうが」
だけどその口から続いて出てきた言葉に、思わず抗議の声が止まる。
…言われて気付いた。
神田は私の体のどこにも触れていない。
コートの結び目だけを掴んでいるから、お陰で私の体はぶらぶら状態だけど。
あの研究室まで連れていってくれた時のように、片手で抱くように担がれてたら…多分今の私は、そっちの方が怖がったかもしれない。
大きな腕に囲まれるのは怖い。
あのノアに逃げ道を塞がれた時のことを、思い出すから。
「………」
かなり乱暴だけど…もしかして、神田なりに気遣ってくれたのかな。
揺れる視界の中、神田を見上げる。
相変わらずその目は真っ直ぐに前を見据えていて、一度も私を見なかった。
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「南ー!無事だったか!よかっ」
「邪魔だ」
「ごぶっ!!」
部屋に戻るとすぐに、神田は私を解放してくれた。
そこで喜び勇んで抱き付こうとしてくるジジさんに、真正面から神田の拳がめり込む。
うわ…顔面に思いっきり入りましたけど今。
「ぅぐ…か、神田…いきなり何すんだよ…」
「こいつに触れたら殴る」
「もう殴ってるからな…!?」
そんな二人のやりとりに、つい苦笑する。
よかった、ジジさんが無事で。
「…南、」
静かな声が背中から私を呼ぶ。
振り返れば、真面目な顔したリーバー班長が其処にいた。
「…シャワー、浴びてこい」
何か言いたげな顔をして、だけどそれを呑み込むように静かに続いた言葉はそれだけ。
「ぁ、はい…すみません、さきにおかりします」
気にはなったけど、今の私にそれを聞く勇気はなく。
頭を下げて、言われるまま部屋に設置された簡易シャワー室に向かった。