第57章 鬼ごっこ
「ッ…こないでっ」
ドアに背中を付けて、急いで辺りを見渡す。
倉庫のようなその部屋には、小さな窓が一つだけ。
今の私の体なら通り抜けられるだろうけど、その窓は到底届かない高い位置にあった。
どうしよう、これじゃ逃げ出せない。
「大丈夫だって。流石に小さな女の子を殺るような趣味、ないから」
その言葉が本当か安易に信じることはできなかったけど、確かにその人からは、あのAKUMAが放っていたような殺気は感じない。
極普通の日常会話をするように、殺るだの殺らないだの口にする。
逆にそれが怖かった。
「そばにこないで」
何もする気はなくても、こんな怖い人を近くなんて置けない。
睨み付けながら強く言えば、その人は困ったように笑った。
「あれ、嫌われちゃった?」
「きらうもなにも、ブローカーなんて…っ」
「ブローカー?何それ」
…ブローカーじゃないの?
「俺は割と気に入ってたんだけど。南ちゃんのこと」
遠慮なく歩み寄った体を屈めて、伸びた手が私の頭に触れる。
ぽんぽんと撫でる動作は、昼間のものと一緒で優しい。
でも私の思考は別のところにあった。
ブローカーじゃないなら、この人は一体何者。
「ブローカーじゃないなら、なんでAKUMA側なんかに…」
唖然と、近付いたその顔を見る。
赤い髪。
緑がかった目。
その特徴についラビと重ねてしまったけど、あの作っていた笑みを消せば、丸っきり別人のように見えた。
整った顔をしているけど、どこか作られたような───
「………」
作られた?
「…それ、」
エレベーターで落下した際にでも掠めたのか、その人の頬に、真新しい擦り傷を見つけた。
なのにその傷からは、一切血なんて滲み出ていない。
紙切れのように、切れて捲れた肌。
もしかして。
「そのけが……にせもの…っ?」
メリメリと皮膚を剥ぐように、コンバートしたあの蜘蛛のようなAKUMAを思い出す。
この人もきっとそうだ。
上に被っているのは、人の皮。