第57章 鬼ごっこ
嘘。
「ぁ…AKUMAっ!?」
「そこは俺、人間だから。安心してくれていいよ」
思わず後退る。
そんな私に、落ち着いた態度で軽く両手を挙げてみせる監視員さん。
その表情や喋り方は、初めて会った時とどことなく違うようにも見えた。
「じゃあなんで…っ」
「…そういう人間もいるってこと」
ぽりぽりと頬を指先で掻きながら、監視員さんが苦笑してみせる。
人間なのに、AKUMAと同じ"鬼"側だとこの人は言った。
〝ブローカー〟
その存在に咄嗟に浮かんだ名前は、それだった。
「遊びに付き合う気はなかったんだけど…巻き込まれちまったし。仕方ない」
"協力者"という意味であるその存在は、ある人物に加担していることからそう呼ばれている。
協力しているその相手は───…あの千年伯爵。
「南ちゃん、甘い匂いしてるし。しっかりマーキングされたな」
顔を屈めるように近付けて、その人がスンと匂いを嗅ぐ。
どうにも私にはわからないけど、その甘い匂いは体に染み付いているらしい。
一体、いつの間に。
「そんな甘い匂い漂わせてちゃ、食べて下さいって言ってるようなもんだから」
"子羊ハ、食ベテモイイッテ言ワレテルワ"
あのAKUMAと同じようなことを口にする監視員さんに、私の中で確信へと変わった。
この人は恐らくブローカー。
千年伯爵と取引する人間なんだ。
金銭と引き換えに、エクソシストの情報を与えたりAKUMAの材料となる人間を提供する、伯爵側の人間。
情報では知っていたけど、本当にそんな人間がいたなんて。
「っ!」
咄嗟に駆け出して部屋のドアに飛びつく。
精一杯手を伸ばして掴んだドアの取っ手は、ガチッと嫌な音を立てて止まった。
駄目だ、鍵が掛かってる。
「俺から逃げても、あのAKUMAに捕まってゲームオーバー。エクソシストがいても武器が使えないんじゃ、勝ち目はないよ」
後ろからかかる声。
焦る素振りなんて微塵も見せることなく、その人はゆっくりとこちらへ体を向けた。