第57章 鬼ごっこ
「おに…?」
「アラ。遊ンデルンデショウ?"鬼ゴッコ"。子羊ハ鬼ニ捕マッタラ負ケナノヨ」
なんでマリアさんが、ロードとの遊びのことを知っているのか。
そんな疑問よりも、目の前のこの姿から突き付けられる恐怖の方が大きかった。
まるで巨大な蜘蛛のような形状の、奇妙な赤黒い生き物。
明確な証拠も何もないけど、これはきっと──
「私ト追イカケッコ、シマショウ?」
AKUMAだ。
「っ…!」
「ソウネ。逃ゲテクレナクチャ、楽シクナイワ」
弾けるように背を向けて、駆け出す。
後ろから届いた声は、変わらないマリアさんの声。
「デモソンナ小サナ足ジャ、スグ捕マエチャウ」
「!」
その声がすぐ真横から響いた。
視界に映る、赤黒い顔。
輪郭はマリアさんと同じ、綺麗なラインの女性のものなのに。
その顔には蜘蛛のように、無数の目玉が張り付いていた。
ギョロギョロと前後左右を不規則に動き回る目玉は、恐怖の産物でしかない。
ガガガッ!
「ッいた…!」
無数の足であっという間に距離を縮めたAKUMAが、その口から刃物のような物を吹き出す。
足元を狙って、吹き出した刃物が甲板の床に突き刺さる。
なんとか当たらずに済んだものの、急かす足はもつれて転んでしまった。
「アラアラ。呆気ナイワネ」
駄目だ、こんな子供の体じゃ。
満足に走って逃げることもできない。
「ソンナ"子羊"ジャ、ロード様ヲ楽シマセルコトナンテデキナイワヨ」
ロード様って…あのロードのこと?
薄らと頭の隅に浮かんでいた、嫌な予想。
あの子はやっぱり、ただの女の子じゃなかったんだ。
でも今更そんなこと悟っても、どうしようもない。
転んだ私の前に無数の足で忍び寄るAKUMAから、逃げる策なんて思いつかなくて。
どうしよう。
どうしたらいい。
此処で大声を出しても、周りの人達はきっと気付いてくれない。
このAKUMAと、私だけが別の世界に入り込んでいるかのように。
───となれば。
「リーバーはんちょうにちかづいたのは、わざと…っ?」
非力な自分だけど、だからって簡単に死なんて受け入れられない。
AKUMAの隙をどうにか見つけようと、咄嗟にそう声をかけた。