第57章 鬼ごっこ
「あの───」
「甘イノヨネ」
…甘い?
辺りを見渡しながら、隣にいるマリアさんに声をかける。
私の声を遮りマリアさんが零した言葉は、唐突なものだった。
「南チャン、サッキカラ甘イ匂イガシテルノ」
「あまいにおい…ですか?」
なんだろう。
似たようなこと、神田も言ってたような…。
「ソレ、"子羊"ノ匂イナノ」
「…こひつじ?」
意味がわからず見上げるマリアさんの顔は、にっこりと変わらない綺麗な笑みを浮かべていた。
「"子羊"ハ、食ベテモイイッテ言ワレテルワ」
食べる?
次々にマリアさんが口にする言葉は、私の頭じゃ理解が追いつかない。
困惑気味に見上げたまま、動けない私に。
「ダカラネ、南チャン」
マリアさんは優しい顔のまま───…ピシリと、その皮膚に亀裂を走らせた。
「食ベテモイイ?」
ピシリ、ピシリと。
サイコロのような切れ目が、顔中に刻まれていく。
「え…」
皮膚がメリメリと、その細い線に合わせて捲れていく。
まるでグロテスクなその姿に、思わず後退る。
捲れた皮膚の下から現れたのは、赤い内側の肉じゃなく、機械的な硬い赤黒い新たな皮膚。
それはどことなく、あのデンケ村で間近に見たAKUMAの機械的な肌と似通っていた。
「"子羊"ハ逃ゲナクチャ」
ガチャンと、どこか機械的な音が鳴る。
内側から迫り出した新たな皮膚が巧妙に組み合わさって、全く別の体を作り出す。
其処にはもう、あの物腰の柔らかい綺麗な女性はいなかった。
赤黒く硬い皮膚を纏った、蜘蛛のように長い複数の手足を持つ奇妙な形の生き物。
「私ガ"鬼"ダカラ」
ガパ、と顎を外す程に大きく開いた口から零れたのは、どこか引っ掛かる言葉だった。