第54章 友達のお誘い
「いないなぁ…」
「…なんで俺がお前のお守り役なんだよ…」
「すこしだけだから。かんだはよかぜでもあたってたらいいよ」
晩御飯を終えて、就寝までまったり過ごせる時間。
私は甲板でロードの姿を捜していた。
船内では見当たらなかったから、てっきり甲板にいるかと思ったけど…その姿は何処にも見当たらない。
そんな私の少し後ろから付いて歩く神田が、心底面倒臭そうに溜息を零す。
昨日遅くまで仕事して、今日はゆっくりするって約束させた班長の貴重な休み時間を使わせたくなかったし。
ジジさんはジジさんで、またもナンパに走ってるし。
暇そうに夜の海を見ていた神田が、一番丁度良かったから。
ごめんね。
「もうまっくらだね…ひるまとぜんぜんけしきがちがう」
甲板を見渡しながら、眼下に広がる黒い海を見る。
甲板は照明で薄らと照らしてあるから平気だけど、広大に広がる真っ黒な海は全てを呑み込んでしまいそうにも見えて、少し怖い。
「落っこちんなよ。助けられねぇからな」
「さすがにそんなヘマ、しないよ」
苦笑混じりに神田を見上げる。
その目は同様に、黒い海へと向いていた。
海と同じに、黒い神田の眼。
それは何を映しているのか、わからない。
…そういえば。
「ねぇ、かんだ」
「?」
「おひるにプールではなした、ようすいのあかちゃんのはなし。おぼえてる?」
「…それがどうした」
昼間、聞きそびれたこと。
ロードの姿を辺りで捜しながら、思い出して問いかける。
「あれ、きおくにあるって…あかちゃんのときのってこと?」
口数少ない神田の言葉は、なにを意味してるのかわからなくて、純粋に気になった。
あの時ゆらめく水面を見つめる神田の横顔は、見たことがない表情。
それは少しだけ…哀愁みたいなものを感じたから。
「…関係ねぇだろ」
視線を私から外して、再び黒い海を見つめ。
静かに口にした神田の言葉は、"拒絶"だった。