第50章 水の揺りかご
多分居心地の悪さから逃れるために、神田はプール内に紛れたんだろうけど。
いきなり足も付かないプールに入れられて、平気でいられるはずもない。
「お、おぼれる…ッ!」
「泳げねぇのかよ」
「そんっ…ぅぷッちが、けど…っ!」
泳げますけど!
いきなり立ち泳ぎとか無理だから!
「たく…まんま餓鬼だな。お前」
溜息をついた神田の片腕が、私の背中に回って引き寄せられる。
思わず掴んだそれは、神田が着ているパーカー。
「けほッ…は…しぬかとおもった…」
「大袈裟だろ」
「いや、ほんと。ころすきですか」
「水ん中は心地良いもんじゃねぇのかよ」
そうだけど。
今のハプニングは例外です。
「それより、此処から離れるぞ」
「え?わ…っ」
けほけほと咳き込んでいる私に構わず、神田が足を進める。
プールサイドから離れる為に、プール内の人混みの中に混じって。
人混みにぶつからないよう、思わず神田のパーカーを強く握った。
「その…さっきは、ありがとう」
プールを進む神田に身を預けたまま、顔を上げる。
不機嫌故の悪態だっただけなんだろうけど、結果的にあのチャラ男さんから庇ってくれたのは確かだったから。
礼を言えばちらりと一度だけ視線が向いて、すぐにそれは素っ気無く外された。
「…ジジに面倒を頼まれたから、仕方ねぇだろ」
その言葉も相変わらず、素っ気無いものだったけど。
逸れないよう背中に回してくれている腕は、今まで乱暴に私を扱ってきた中で一番丁寧なものだった。