第50章 水の揺りかご
「…知ってる」
ぽつり
呟かれた神田の言葉は、予想外のものだった。
「しってるって…」
「その体感は記憶にある。…言われなくても、知ってる」
記憶にあるって…羊水に包まれる赤ちゃんの記憶?
まさかとは思ったけど、ゆらゆらと揺れる水面を見つめる神田の横顔は物静かに。
水面を見ているのに、別の何かを見ているようにも見えた。
何を思い出しているんだろう。
「かん」
「ねぇねぇ、」
思わず神田を呼ぼうとした私の声は、別の誰かに遮られた。
視線を向ければ、見えたのは。
「すっげー美人さんだね」
小麦色に肌を焼いた、いかにも軽い身形の若い男性。
美人さんって……………まさか。
「よかったら一緒に遊ばない?」
「…あ?」
にこにこと満面の笑みで声をかける先は…ああ、やっぱり。
神田でした。
我が教団の美形代表は、女性だけでなく男性をも虜にするらしい。
というか思いっきり性別間違えられてる。
…本当、本人は大変だろうな…。
「…俺に言ってんのか、テメェ」
「うわ、口調きっついねー。でも顔が良いからヨシ☆」
ヨシ☆じゃないです。
この人、男だから。
性別間違えてますよ、お兄さん…!
「ぁっ…あの!」
思わずツッコみそうになって、我に返る。
そうだ。
私が神田の傍にいるのは、こういう予防対策の為だった。
「ん?なんだこのガキ」
「…ぉ」
「お?」
「っお…ッオニイチャン、です…このひと、…わたしの」
……駄目だ。
"お兄ちゃん"なんて呼び方、慣れてないから。
ましてやあの神田を兄呼びなんて。
思わず思いっきり棒読みになってしまった。
「お兄ちゃん?…お姉ちゃんの間違いじゃね?」
「お…オニイチャン、です」
「そんな棒読みで信じられるかよ」
「………」
仰る通りです。
「それに顔も全然似てねぇし。嬢ちゃんは、もうちょい姉ちゃん見習わないとなー」
ぐりぐりと、小麦肌のチャラ男さんの手が私の頭を強めに撫で回す。
確かに似てないのは認めます。
明らかに神田の方が顔が勝ってるのも認めます。
というか比べないで下さい、こんな美形と…!