第50章 水の揺りかご
そう、思ったんだけど。
「わぁっ、きもちー」
ああ言った手前、神田をプールには誘えないから。
それでも少しはその醍醐味を味わって欲しくて、プールサイドに座って足だけ水に浸す。
熱い日差しの中で感じる水温は丁度良くて、思わず口元に笑みが浮かぶ。
周りはプールで遊ぶ人達の歓声で賑わっていて、プールの水面が太陽の光に反射してキラキラと視界を照らしていた。
一応成人した身だけど…こういう雰囲気を味わうと、やっぱり気持ちはワクワクする。
楽しさは伝染するって言うし。
「ほら、かんだも」
「………」
でも隣に座らせた神田は眉一つ動かさず、いつもの顔。
これのどこが楽しいんだって顔をして、渋々水に足を浸していた。
うん…近い年頃のラビやアレン達なら、多分普通に遊ぶんだろうけど。
神田はやっぱりそう簡単にはいかないらしい。
「かんだはプールであそんだことある?」
「ない」
「うみは?」
「ねぇよ」
「…いちども?」
「同じことを何度も言わせんな」
…そうなんだ。
思わずまじまじと見上げれば、鬱陶しいとばかりに視線が返ってくる。
もしかしたら、とは思ってたけど。
…幼い頃の神田って、どんな子供だったのかな。
「…じゃあきょうは、はつたいけんしてみたら?」
「は?」
なんとなく予想はついた。
ジジさんがああやって気にかけるくらいだし…きっと、今と同じ。
眉間に皺寄せて周りに興味ないって顔して、幼さは見せない子供だったんだろう。
「ひとってね、さいしょはおかあさんのおなかのなかですごすでしょ。ようすいっていう、えきたいのゆりかごであかちゃんはすごすんだよ」
「…なんだよ急に。俺に人の原理でも説く気か」
「ちがうよ」
水面の下のゆらゆらと光で揺れる自分の足を見ながら、神田の言葉に思わず笑う。
「だからひとは、ちじょうのいきものだけど…みずのなかでも、ここちよさをかんじられるんだって」
ゆらゆら、ゆらゆらと。
足先から感じる心地良さは、此処でしか味わえないもの。
「ためしてみたらあんがい、きもちいいかもよ?」
隣の神田を、再度見上げる。
訝しげな表情をしていたけど、その口は私の言葉を否定はしなかった。