第32章 〝ただいま〟と〝おかえり〟
「あっ、じゃあ僕はここで!」
良い匂いが漂ってくる、食堂に続く廊下。
其処に近付いた途端、片手を挙げて颯爽とアレンは駆け出した。
余程お腹が空いてたんだろうなぁ…。
食料庫の材料、食べ尽くされなきゃいいけど。
「じゃ、オレも部屋に戻るさ」
「うん。…あ、ラビ」
「?」
両手を頭の後ろで組んで、疲れた様子で戻るその背中に声をかける。
「その……あのこと、誰にも言わないでね」
あのこと、と言ってなんとなく恥ずかしくなって視線を逸らす。
教団内の誰かの前で、あんなふうに泣いたのは初めてだった。
"少しはスッキリしたさ?"
"……うん。ごめん"
"ん。ならいいさ。謝る必要ねぇよ"
涙が止まっても、変に気恥ずかしくて。
中々顔を上げられなかった私に、ずっとラビはその胸を貸してくれていた。
手が届かない、歯痒い思い。
それは正に私がラビ達に感じていたことで、その言葉はすんなりと私の弱い部分を突いた。
だから、あんなふうに溢れ落ちてしまったのかもしれない。
「ん。言わねぇよ」
振り返った顔はあの時と同じ。
大丈夫だと言うように、優しく笑う。
「だから、あんまり我慢するなよ?」
そう問い掛けるような声は酷く優しかった。
なんだか直視できなくて、俯き加減に小さく頷いて返す。
なんだろう。
ラビの想いを知ったからとかじゃなく、今まで知らなかったその優しさに触れた気がして。
「じゃーな。おやすみー」
「…うん。おやすみ」
ヒラヒラと背中を向けたまま片手を振る姿は、もういつもの彼の姿だった。