第31章 溢れ落ちる
「安全な教団内部で働いてるのに、一緒に戦ってる気になってて。…全然、駄目だなぁ」
視線は下がり、自分の手元を見つめる南。
その手はまだ僅かに震えていた。
「…そんなもんだろ」
ポリポリと頭を掻きながら、オレの目は列車内を映す。
其処にはちらほらと、少ない乗客達が見えた。
「経験しなけりゃ、わからないこともある。オレだって南達科学班の仕事の辛さなんてわかんねぇし」
この場を共有しているけど、此処にいる人は全て他人。
オレの人生には関わらない人々だ。
「知りもしないのに、わかった顔されるより。そうやってさ、知らないことを見つけた時に歩み寄ろうとするだけ…充分だとオレは思うけど」
この乗客みたいに、表面だけしか知らない人間なんて沢山いる。
教団でもそうだ。
トマみたいに心からオレ達をサポートしてくれる奴もいれば、仕事だからって割り切ってる奴もいる。
別にそんなこと気にしない。
誰だって抱えてるもんは違うし、思いも違う。
そんなこと当たり前さ。
「それに命を張ってるから偉いとか、そんなことないんさ。…オレだって南の気持ち、一つ知ったから」
「私の、気持ち?」
きょとんと見てくる顔に、視線を戻す。
小さな切り傷ができた頬には絆創膏が貼られていて、体から漂うのは消毒液の匂い。
「オレ達が任務で怪我して帰ってくるとさ。自分が怪我したような、そんな顔してただろ」
任務先での死亡報告や損傷状態を聞いた時。
眉間に皺寄せて、痛みに耐えるような、そんな顔をしていたのを見たことがある。
だけどどんなに怪我して帰ってきても、出迎える時に一番に見せてくれるのはいつも笑顔だった。
自分が感じる心の痛みよりオレ達の無事に安堵して、おかえりなさいと迎えてくれる笑顔。
それは確かにオレの心を惹き付けたんだ。
「その気持ち、すげーわかった。…知らずに怪我されんのってさ、すげー心が痛い」
そっとその顔に手を伸ばす。
絆創膏が貼られた頬を撫でれば、ピクリと南の睫が揺れて。
「手が届かない歯痒さってやつ?…しんどいよな、それ」
苦笑混じりに言えば、驚いたようにその目は丸く見開いた。