第31章 溢れ落ちる
「ふぅ…」
短い溜息を零して目の前の報告書に目を通す。
その顔は真剣で、それでいて眉間には皺が寄っていた。
「南、」
「あれ…ラビ?どうしたの」
そんな南を一般車両の隅に見つけて声をかける。
隣に腰を下ろせば、不思議そうな目が向いた。
「ちょっとな。オレも少し目が冴えちまったから」
「そう?ならいいけど…」
言いながら、その目は再び報告書へ。
大方仕上がったのか、横から覗けば紙にはびっしりと文字が並んでいた。
…ヘナヘナとした文字が。
「やっぱ此処で書かない方がいいんじゃね?象形文字みたいになってんさ」
「う…。そこまで酷くないでしょ。読めるでしょ」
「辛うじてかなー」
揺れる列車の中で、物書きするのは無謀ってことさ。
「これくらいの文字なら、コムイ室長も許してくれるはず。大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせるように、笑った南の手が再びペンを走らせる。
ガタン
ゴトン
揺れる列車に、揺れる手。
小刻みに震えるようなその動作は───
「…南?」
「え?」
思わずその手に目を止める。
「手、震えてるけど」
それは列車の揺れとは違う、震えだった。
あの地下室で、黒い影に覆われていた南を見つけた時と同じ。
「ぁ…」
言われて気付いたのか、南がまじまじと自分の手を見る。
「まだ、残ってるのかな」
「何が?」
「…クロル君の思い」
ぽつりと、呟いた南の視線が窓の外に向く。
「…【イノセンス未発見。AKUMAによりファインダー一名死亡。その後、エクソシスト二名によってAKUMA破壊達成。】…紙に起こせば、そんな任務なんだよね」
震える手を片手で押さえて、ぽつりぽつりと。
南の声が列車内に静かに響く。
「それだけ聞けば"失敗"した任務だけど…紙の上には載らない思いが、沢山あるんだね」
ゆっくりと窓からオレへと視線が移る。
「ラビ達はそういう経験を幾つも重ねてきてたんだ。…私、知らなかった」
それは、どこか自嘲するような乾いた笑みだった。