第31章 溢れ落ちる
「だから南だって充分───」
戦ってるから。
そう言おうとした言葉は、目の前の突然の光景に止まってしまった。
───ぽた、
「っ…あ、れ」
震える小さな掌に、落ちる雫。
───ぽた、ぽた、
「っ…なん、で」
戸惑いながら目元を拭う南。
その隙間から零れ落ちるのは、透明な、涙。
「嫌、だ。これ…っごめ、」
ぐっと歯を食い縛る。
強く握った拳を目元に押し当てて涙を止めようとする姿は、ファインダー仲間を失ったトマの言葉を聞いた時と同じ。
泣くものかと、体全体で拒否していて。
「っ」
気付いたらその小さな頭を引き寄せていた。
「…っ…な、に…」
「いいさ」
「いいって…」
「今はもう、泣いていいから」
後頭部を引き寄せて、押し付けたのはオレの胸元。
他の誰にも見えないように背中で南の体を隠す。
「誰も見てねぇから。…誰にも見せねぇから。我慢するくらいなら、ここで泣けよ」
オレの前でまで強がらないでいて欲しい。
その言葉は飲み込んで、南の頭を優しく撫でる。
初めての任務で、霊に取り憑かれたり、沢山の人の死に様を見たり、AKUMAとの戦闘に巻き込まれたり。
普通ならその目にして感じたものへの心の整理がいるはず。
すぐに報告書作れるような余裕なんてない。
南の時々見せる意志の強さは、すげぇなって思うけど。
それはなんでも平気だからじゃないんさ。
寧ろ弱い自分を知ってるから。
…だから、涙も飲み込んで見せようとしない。
「いいから、何も気にすんなさ」
「っ…ふ、」
もう一度あやすように頭を撫でる。
すると小さく震えた体は、押し付けるように少しだけ力が入って。
ガタン
ゴトン
揺れる列車の中。
その車輪の音に掻き消されるくらい、小さな声で。
南は、少しだけ泣いた。