第25章 駒鳥回り
「───え、」
視界が転じる。
一瞬、何かが見えたような気がした。
知らない光景。
知らない出来事。
だけど私は一人だけ───…あの人を知っている。
ずるり、
唐突に意識が引き戻される。
背中を這っていた"何か"が、俯く私の顔を背後から覗き込んだ。
黒いその輪郭は、人の、顔のような───
「っ…!」
駄目だ。
渾身の力を振り絞って、咄嗟に顔を背ける。
未だに重い何かに圧し掛かられて、体は金縛りにあったみたいに動かなかったけれど、辛うじてその目は固く瞑ることができた。
見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ。
目を合わせちゃいけない。
これは見てはいけないもの。
直感的にそう悟って歯を食い縛る。
ずる、ずる、
耳元で鳴り響く、私の体を這う何か。
ひゅーひゅーと呼吸音のような、穴が開いた掠れたような息遣いが聞こえてくる。
痛い、痛いと。
それはまるで咽び泣くような声だった。
ああ、駄目だ。
痛い、苦しい、寒い、寂しい。
意識が暗いその気持ちに、押し潰される。
「次は、おねえさんが駒鳥の番」
ぽつりと誰かの声が頭に響く。
私は駒鳥。
あなたは、私。
成す術もなく、辿る末路は。
ただ、食われるだけ。