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科学班の恋【D.Gray-man】

第85章 そして ここから



「誰かの後押しだとしても、その思いを一緒に連れて行こうと思う心は、南のものだろ」

「それは…」



そう、かもしれないけど。
でもそんな凄いことでもないような気もするけど…。



「だから俺も、踏み出せたんだと思う」

「え?」



踏み出せた?

眩い煉瓦の並木道。
足を止めるリーバー班長に、同じくその場に足をとどめる。



「俺の部屋で、仕事用に使っていた机があっただろ」

「あの、製図台ですか?」



大きな、一人用の製図台。
その長年使いこまれていた台の脚には、故人を残そうとする記憶の跡が幾つも残されていた。
見送った仲間達を忘れない為にと、班長が刻んでいた───傷跡だ。



「この引っ越しを機会に、処分したんだ」

「えっ」



思わず声が上がる。
処分って、あの製図台を?



「本当に?」

「ああ。俺も、形ばかりに拘るのは止めようと思ってな。それを教えてくれたのは、南なんだぞ」

「私は何も…」

「いいや。南のその心の一部と同じように。新たな想いを抱えても、消えない想いがあることを、お前は俺に教えてくれた」



新たな想いと、消えない想い?
それがなんのことかいまいちわからなかったけど、リーバー班長は優しい目をして笑っていた。
そこに後悔は、見えない。



「どんなに悲痛なことも、人は前を向く為にいずれ忘れてしまう生き物だ。それが哀しいことだと思っていたが、そうじゃなかった。例え薄れたとしても、完全になくなる訳じゃない。俺達の気付かない意識の奥底に根付いていくもんなんだ」



私が、クロス元帥に教えて貰ったこと。
教えて貰えたと思っていたこと。
でもリーバー班長は、それを私に教えて貰ったと言う。



「人そのものが、感情の器だからな。その器に色んなもんを流し入れては流し出して、川みたいに生きてるんだと思った」

「川…」

「だからどんな形にもなれるし、果てなく続いて繋いでいくこともできる。南が言ったようにな」



川か…確かに、そうなのかもしれない。
時には自分の感情が制御できないくらいの痛みに打ち流されそうになって、時には温かい水面に浸るかのような心地良さに埋もれて。
その感情はどれも全然形は違うけれど、どれも私の中にこそ流れているものだから。

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