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科学班の恋【D.Gray-man】

第85章 そして ここから



南のくたびれた白衣を見かけたのは、本当に鴉達の監視から脱走した先での偶然だった。
しかしその白衣の背中に纏わり付こうとする影を見つけてしまえば、素通りはできなかった。
南の体に元から憑いている小さな影ではなく、保管室に巣食っていた新たな影だ。

一人感傷に浸る女性の邪魔をする程、クロスも野暮な考えは持っていない。
それでも足を向けたのは、南の心に滑り込もうとする輩を払う為だった。

扉が不自然に開かなくなったのも、その輩が原因だろう。
そこまでしつこく縋ろうとするのは、恐らく南の心だったからだ。
亡き者へと強い思いを馳せる、彼女だったからこそ。

だから南に近付けさせまいと、傍に置いたのだ。



「俺にとやかく文句を垂れる前に、南の方を大事にしたらどうだ」

「んなこと言われなくてもわかってんさ。忘れモンしただけ」



オレンジ頭が憤怒したのは、一瞬だけだった。
すぐにするりとクロスの横を素通りしたラビが手にしたのは、雑巾と化した南の白衣。



「南ー、忘れモンしてんぞー」

「え?あ!私の白衣!」

「科学班の必需品だろ。てかなんさこの汚れ具合。もう使えなくね」

「い、いやまだこれくらいなら洗濯すれば…っ」

「本気で言ってるんさ?」

「至って本気」

「…やっぱこれオレが処分しとくわ…」

「ええ!?返してよ!」

「白衣ってなんで白いか知ってんの科学者さん?衛生概念を重要視してるからだろ。てことで、これはもう戦力外。お払い箱」

「えええ…!」



渡さないように白衣を小さくまるめて脇に抱えるラビに、南の手は触れることすら許されなかった。

科学班のラボの中に一人立つ姿を見かけた時は、随分と儚く見えた背中だったが、ラビと並んで歩く南にその儚さはない。
テンポ良く会話のキャッチボールをこなすのに忙しく、彼を見上げる表情はクロスの前では見せなかった華やかなものだ。

そこに暗い影が滑り込む隙間などはない。

ほう、と思わず目を見張る。
ゆっくりと歩んでいたクロスの足が、止まりかける程に。

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