第85章 そして ここから
「逝った者達に向けていた俺達の思いは、たしかにその時、そこに存在したものだ。慈しみ、哀しみ、愛した心は、その者達を心底思い馳せた心は、俺達の中に生きている」
私の、ではなく。
俺達の、と告げる元帥に。
初めて、過去に触れる元帥の心を垣間見た気がした。
「忘れるな。今南の心に在るものは、南と、此処に眠っている者達との間で培った感情だと」
隻眼は変わらず優しい光を灯していたけれど、微かに下がる眉尻に、元帥の表情が哀しげに映る。
優しくも、哀しい顔で笑うクロス元帥を、私は初めて見た。
「それは決して消えない。南の中に残り続けるものだ」
「私の、中に…?」
「ああ。過去に残していく大切な者達に貰った心を、次に南が大切にしたい者へと渡せるように」
次に、大切にしたいひと?
「繋がっていくんだ。新しく見つけた感情へと、その背を押す為にな」
新しく見つけた感情。
言われてすぐにピンとはこなかったけど、自覚はあった。
大きなものを失って…その中で、見つけられた自分の感情が在ったから。
あの人は失くせないと、強く思えた心が在ったから。
「心当たりがあるみたいだな」
表情で読み取ったクロス元帥の口元が、綻ぶ。
「残念だ。南がそのまま独り身でいてくれたら、俺のものにしようと思っていたのに」
茶化すような響きじゃない。
以前何度も告げられていた言葉だったから、女好きな元帥の戯れかと思っていたけど。
「まさかこんなに早く、誰かのもんになっちまうなんてな」
哀愁残る声で囁く元帥に、仄かに頬が熱くなった。
それは元帥に対する照れなのか、その"誰か"に対する照れなのか、自分でもよくわからなかったけど。
「…クロス元帥は、本当になんでもお見通しなんですね」
何もその鱗片は伝えていないのに。
まるで手に取るように、クロス元帥には勘付かれていたみたいだ。
私と、あの人の、ことを。