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科学班の恋【D.Gray-man】

第85章 そして ここから



もしかしたら、都合の良い理想が見せてくれた幻想だったのかもしれない。
それでも、こうしてまた前に踏み出せたのは、あの時のひと押しがあったからだ。

此処は、死と近い職場だから。
だからこそ、死後の彼らにも背を押して貰えたのかもしれない。

…できれば、そんな皆を此処に残していきたくない。
壊されて廃墟と化してしまう、冷たくて寂しいこの場所に。



「確かに、此処には決して少なくない命が眠っている。だがそれだけで、そいつらを置き去りにすることにはならんだろう」

「え?」



まるで私のその思考が読めているかのように、クロス元帥はあっさりと否定した。
なんで、そんなことが言えるの?



「南のように、記憶し続ける者がいればな」



仮面で一つしか見えない隻眼は、優しい目をして私を見ていた。

…クロス元帥の言わんとしていることは、伝わった。
その考えを否定する気もない。
憶えていられるなら、私がずっと彼らの生きていた証を記憶し続けていたい。



「…知っていますか?元帥」



だけど。



「亡くなった人のことで、最初に忘れるのは…声、だそうです」



憶えておけることにも、私達には限界がある。
だからリーバー班長も、机に傷を刻んで見送った仲間達を憶えようとしていたんだ。
何かしら、形に残して。



「今はまだ私の耳に残っている皆の声も、聴き続けていないと忘れてしまうんです。…薄れて、しまうんです」



共に笑って、喧嘩して、励み合って、喜んで、涙して。
今でも鮮明に憶えている、泣きそうなくらい温かい彼らの声を、いつか私は忘れてしまう。
もういいよ、と私の背を押してくれたあの声も、いつかは。

亡くなった団員の情報は残せない職場だから、思い出として懐かしむこともできない。
全ては塵となり、やがては無となる。



「どんなに私が望んでも、皆のことを鮮明に思い残すことはできない。いつかは断片的な記憶になって、簡単に語れるようになる。今私の中に在る皆へのこの感情も、緩和という形で薄れていってしまう」



それが堪らなく、哀しい。

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