第85章 そして ここから
「…クロス元帥。一つ、聞いても?」
「なんだ?」
諦めのものか、腹を括ったものか。
自分でもよくわからないけど、呼吸を一つ置いて。
クロス元帥に、問いかけた。
「この教団本部は…いずれ、取り壊されたりするんでしょうか」
元帥に聞く事柄じゃないかもしれないけど、私よりも、それこそコムイ室長よりも昔から教団の歴史に関与していたとされるクロス元帥だから。
この旧教団本部の未来も、知っているかもしれない。
「そうだな。目処はまだはっきりとは決まっていないかもしれんが、いずれ取り壊されるだろう。少しでも伯爵側に情報を残さないように」
…やっぱり。
そう、だよね。
わかっていたことだったけど、誰かにそうだと肯定されてしまうと、頭が下がってしまう。
「心残りは、建物に関してじゃないだろう」
「…此処には、沢山の命が眠っていますから」
やっぱり、元帥には見透かされていた。
私が中々この旧本部から離れられずにいたのは、この目に職場を焼き付けておきたかったからだけじゃない。
此処には、沢山の命が眠っている。
AKUMAやノアとの戦闘で命を落としたエクソシスト。
教団の負の実験によって咎落ちとなった子供達。
そして───…あの日、あの時。
亡きダグ君の心に触れた中で、垣間見た。
姿は朧気で、手と目元くらいしか見えなかった。
でもその手と声は、優しく私の背を押してくれた。
"───いいよ"
もういいから、と優しく肩に触れられた。
もう捜さなくていいから、と。
自分の為に歩んでいけ、と。
あれは、かくれんぼに乗じて捜し続けていた、幼き友だったこう君やひぃちゃん達じゃない。
ペンだこの残る、少しささくれた指。
懐かしさを覚える、程よく低い声。
くたびれた白衣が、馴染んだ背丈。
遊びの延長線上で別れを言いに来てくれたのは、きっと───私の心に、真新しい傷を作った人達。
タップや、マービンさんや、ハスキンさん。
大勢の、此処で命の灯火を消した、科学班の仲間だ。