第85章 そして ここから
「そ、そんなに見た目が嫌ですか…」
「ああ。目に余る」
「!」
あまりの即答に、頭にタライでも落ちてきたような衝撃だった。
一応、私も女だから最低限の身嗜みくらいちゃんとしていたい。
でもクロス元帥の規定には引っ掛かったみたいだ。
そっか、汚いんだ…そうだよね…前はもっと髪の毛とか構わずぼさぼさにしていたし、当然のようにすっぴんだったし。
いや今もほとんど仕事中はすっぴんだけど。
でもほんの少しだけ、軽いフェイスパウダーはするようになった。
そのまま眠っても大丈夫な、本当に軽いもの。
それでも肌色は明るくなるし、コンシーラーと合わせれば目の下の隈だってそれなりに消せるから、周りに酷い顔だと無闇に心配されずに済む。
自意識過剰かもしれないけれど、私の体調を気遣ってくれる人はいるから。
…あの彼、が。
「ほら、」
再度催促してくる元帥に、項垂れつつ脱いだ白衣を手渡す。
なんで汚いのに欲しがるのかな…って、
「げ、元帥!?」
「ん?」
「何してるんですか…!」
「何って、床を拭いているんだが」
「それは見ればわかります!」
それ以上にその行動に衝撃が隠せないんですが!
受け取った白衣をどうするかと思えば、ごっしごっしと床を拭いている。
ち、ちょっと待って。
「私の白衣は雑巾じゃありません…!」
「ほとんど似たようなものだろう」
「!」
またもやガンッと頭にタライを受けたような衝撃。
そ、そんなに元帥には汚いんですか…ッ
「白衣の一つや二つ、新調くらいしてやる。これはもう捨てろ」
大方拭き終えた床に、ようやく触れても良いと判断したのか。
どさりと座り込む元帥の手から、ぽいと放られた白衣は…見るも無残な煤だらけ。
うわあ…。
「でもそれ、割と愛用してきた馴染みある白衣なんですけど…」
「だからこんなに廃れてるのか。汚いな」
いやそこにトドメ刺したの元帥ですから。
まっくろくろすけにしましたから。
飄々と返す元帥は動揺なんてなく、やっぱりいつも通り。
一人声を荒げるのもなんだか疲れそうで、仕方なく重い溜息一つで済ませた。
本当に、処分しなきゃかな…。