第85章 そして ここから
「誰もいないはずの研究室に人影とはな。幽霊でも出たのかと」
「私の方こそ、吃驚しました…なんで元帥が此処に」
クロス元帥は、中央庁のルベリエ長官の命で新本部に先に身を置いてたはず。
なんで旧本部に…あ。
ぱたりと羽音を立てて、元帥の肩から舞い降りてきたのは黄色いゴーレム。
ティムキャンピーだ。
思わず手を差し出せば、ぽちょんと掌に丸い体を乗せてくる。
「ティムも元帥と一緒にいたの?アレンは?」
「ガァッガウガウ」
「そっか。方舟の設置で忙しいもんね」
聞けば、新本部の方舟ゲート設置に走り回ってるらしい。
今回の引っ越しで一番大変なのはアレンかなぁ…。
「ほお。ティムの言葉がわかるのか」
「なんとなく、ですけど」
「俺以外にわかるのは馬鹿弟子だけだと思っていたんだがな」
「ティムとは一度、命を助け合った仲なので」
ゾンビ化事件で。
思い出して苦笑すれば、私の肩に移動したティムもゆらゆらと長い尻尾を上げて賛同してくれた。
そんな私達を見て、クロス元帥は感心したように顎に手を当てて頷いてくる。
…そんなに凄いことなのかな?
「ティムの言葉がわかるのは、お前さんがその心に耳を傾けられているからだ。理解しようとしてできるもんじゃない」
黒い布手袋をした大きな手が、ぽふりと私の頭に乗る。
「流石、俺の見込んだ女だ」
上目に見えた元帥の顔は優しく笑っていて、なんだか胸の奥がこそばゆい。
元帥に見込まれる女性って、凄い才能を持っていたり凄い美貌の持ち主なイメージしかないから…同じに並べられているのかと思うと、恥ずかしくもあったけど。
ちょっぴり、誇らしい。
「それで、俺の記憶が正しければ、他科学班の連中は新居に引っ越していたと思うが。南はいいのか?」
「大丈夫です。ちゃんと後から追いかけることは、ジョニーに伝えてあるし…もう少しだけ、此処にいたくて」
頭から離れる手に、再度辺りを見渡す。
研究室の奥にある扉に目を止めて、歩み寄った。
「最後だから。目に焼き付けておきたくて」
鍵が差さったままの扉を開ければ、同じくがらんとした空間。
何も入っていない、天井まで続く棚が並ぶ。
此処は任務先での回収品や修理中のイノセンスなんかを置いておく、保管室だ。