第84章 オレの好きなひと。《ラビED》
「………」
「………」
「………」
「……ラビ?」
反応のないオレに、恐る恐る瞼を開いた南が呼び掛ける。
だけどすぐには何も返せなかった。
「っ」
だって、ぜってー今のオレ、顔赤い。
「……マジかよ……」
耐えきれず空いた手で自分の顔を覆う。
開口一番呟いたのは、我ながら情けない声だった。
でも、絶対にない未来だと思ってたから。
容易には信じられない。
南はなんて言った?
「…ラビ…?」
不安げな声がオレを呼ぶ。
指の隙間から見えたのは、声と同じく不安げな表情を浮かべた南だった。
だけど握ったオレの手は離さず、逃げる素振りもなく反応を伺っている。
…そうさ。
いつだって肝心な時に、向き合ってくれていたのは南の方だ。
だからオレもいつまででも待とうと思ったんだ。
南がその心にケリを付けるまで。
わかってた未来だけど、きちんと向き合えるように。
準備してたんだ。
リーバーと共に歩む未来を選ぶ南を、笑顔で送り出せるように。
だから、この準備はしていなかった。
「……ホント、さ?」
「!」
「本当に、今の言葉は、南の本心…?」
こんな時に南が嘘をつかないなんてわかっているのに、確かめられずにはいられなかった。
繋いだ手の温もりは、オレには馴染みがない。
「後でやっぱナシとか聞かねぇからな…」
「…無しなんて言わないよ」
握った指先を、軽く引かれる。
顔を隠していた手をゆっくりと退けば、南の姿がよく見えた。
雨音が薄れていった理由がわかった。
いつの間にか、激しい雨は止んでいたからだ。
霧のような細かい雨の粒子だけが、優しく南に降り注ぐ。
雲の隙間から差し込む微かな夕陽の光で、雨粒を纏った南の肌も、髪の毛も、睫毛も、服やアクセサリー類も、全てが煌めいて見えた。
「やっとこの感情に、名前を見つけられたんだから」
…嗚呼、そうか。
なんとなくわかった。
今日の南が、いつも以上に綺麗に見えてた理由が。
お洒落に着飾っていたからじゃない。
その声も、その目も、その笑顔も、全部。
オレに向けられていたからだ。