第84章 オレの好きなひと。《ラビED》
「クラゲが底辺の生き物だなんて思ってたのは、ピラミッドの頂点だと傲慢に思ってる人間だけだったんさ。長年掛けて調べれば、クラゲはあらゆる場所のあらゆる生き物の糧になってると判明した」
「餌になってたってこと?」
「そ。謂わばピンチの時の非常食って感じさな。クラゲを狩るのに、素早さも力も要らねぇだろ?」
…確かに。
「価値が無いと思い込んでるのは関わりのない者だけで、同じ世界で生きている者はその存在の意味をちゃんと知っている。ちゃんと欲してる。そういうところ、南に似てるなって思ったから」
水槽に手を当ててブルーの世界を見上げるラビの横顔は、ほんの少しいつもと違って見えた。
「実体はあるのにすり抜けていきそうな儚さとか、触ると痛みを伴うところとかも。似てる気がする」
「痛い、の?」
「…偶にな」
こちらへと向いたラビの顔が、苦笑混じりに微笑む。
年相応な青年の顔でも、強いエクソシストの顔でも、ブックマン一族としての使命を背負った顔でもない。
でも私は、このラビの表情(かお)を知っている。
幾度も大事な場面で見てきた。
…きっと、私にだけ見せてくれている表情だ。
「知ってるさ?南。クラゲって日本語で"海の月"って書くんだ」
「よく知ってるね」
「そりゃ南の母国語だからな」
既にラビの中にあった知識じゃなくて、私の国だからと知ろうとしてくれたこと。
知りたいと、学んでくれたこと。
「自己主張なんてしないのに、ずっと見ていたくなる程惹き付けられて。海の月だなんて喩えられるくらい綺麗なのに、波に攫われると簡単に消えてしまって。本人が知らないだけで、周りには必要とされていて。…南の言うように、一部受けだけしてりゃいいのにって偶に思う」
繋いでいた手を握る大きな掌。
その束縛が、ほんのり強さを増したように感じた。
「つーかオレ受けだけしてりゃいいのにってさ。皆当たり前にその名前は知っていても、深い生態系まで知ってるコアな奴なんてそういない。…南のことも、深く知っているのはオレだけでいい」
空いた掌が下から伸びて、私の頬にほんのりと触れた。
ブルーの光に照らされたラビの顔から、目が離せなくて。
吸い込まれるように、距離が近付いた。