第84章 オレの好きなひと。《ラビED》
「あ、ラビ待って」
「ん?」
「ここもちゃんと拭かないと」
雑に頭を拭いたタオルを首に掛けたまま先を行こうとする、ラビの服の裾を引っ張る。
背伸びをしてタオルを取ると、まだ濡れたままの襟足からきちんと水分を取り上げた。
「小雨でも雨は雨。エクソシストに風邪なんて引かれたら責任重大だから。ハイもっと頭下げて」
「なんか南、世話焼きかーちゃんみたいさ」
「こんな大きな子供要りませんけど」
ぼそりと告げられた言葉がなんとなく気に入らなくて、作り笑顔で返してやる。
ラビも発言が失敗だと悟ったのか、慌てて頭を差し出すように下げると大人しくなった。
大変よろしい。
「…でも、さ」
「何?」
わしゃわしゃとオレンジ頭をもう一度拭いてやれば、癖が強いラビの髪はすぐにふんわりと元気を取り戻した。
見た目はふわふわだけど、触ると以外に硬め…ん?何?
「母親じゃなくて…南はオレの、彼女だから」
ぼそりと告げられた声は、さっきよりも更に小さなものだった。
辛うじて聴き取れたと同時に、ラビに手を握られて動きが止まる。
「世話焼かれんの、嬉しいさ」
いつもの砕けた、にへら顔。
でもいつもとは少し違う、照れの混じった笑顔。
そ、そっか。
ラビとは今日一日、恋人デートするって約束したから。
…"今日だけ"って言わないから、本当の恋人同士みたいで不覚にも胸が高鳴った。
「さんきゅ。もう大丈夫」
「ぅ、うん…」
「んじゃ行こうぜっ」
「…うん」
握った手は放されなかった。
顔を上げたラビに引かれて、水族館の入口の小さなアーチを潜る。
率直な言葉や、感情豊かな表情や、簡単に触れられる肌。
こんな想いを抱く前にも当たり前にあったはずのラビとの距離感が、今ではちょっぴり心臓に悪い。
恋人同士なら、手だって繋ぐのは当たり前だよね…うん。うん。
内心そう自分に言い聞かせながら、繋いだ掌に変な汗を掻きませんようにと願う他なかった。
元々がラビに恋愛感情を持っていなかったから、今更照れが押し寄せてる感じ。
…こんな状態で一日乗り切れるかな、私。