第84章 オレの好きなひと。《ラビED》
雨雫が音もなく床のカーペットに染み込む。
体から払った雫は鞄から落ちたそれだけで、私の体はほとんど濡れていなかった。
「濡れてないみたいさな」
「うん。ラビの上着のお陰だよ。ごめんね」
「そこはありがとうでいいさ」
頭から被っていた大きなジャケットをラビに返す。
ランチを取ったお店を出て傘を探すまでに、濡れてしまうからと言ってラビが貸してくれた。
それで結局近場だからと傘も買わずに此処まで来たんだけど…いつもふわりと揺れているラビの癖っ毛が、今はしんなりと濡れて落ち着いている。
「ありがとう。でもラビが濡れちゃったよね…」
「平気さ、これくらい。小雨だったし」
「でも…」
「南」
「何?」
「暫くその"でも"っての禁止な。オレは満足してんだから。オレの為に着飾ってくれてる南だから、濡れさせたくねぇの」
立てた人差し指を交差させて、バツ印を示したラビから忠告を受ける。
拗ねた表情で呟かれた言葉に、思わずドキリとした。
この格好、気に入ってくれた、のかな…?
「いいな?」
「う、うん」
「うし。じゃあそこの購買でタオルでも買って、それから中見ようぜ」
私、ちゃんと綺麗に見えているのかな。
気にはなったけど、ぱっと笑顔で入口の売店を指差すラビに意識は逸らされた。
海の生き物を象ったグッズの数々が並ぶ売店の入口。
私達は、まるで隠れ家のような細い裏道の先にある小さな水族館に来ていた。
こんな所あったんだなぁ…ラビがランチの店員さんに聞かなかったら、知り得なかった情報だ。
さくさく他人との距離を違和感なく縮めて交渉術を持ちかけられるところは、流石ブックマンJr.。
お陰で雨の日でも楽しめる所を見つけることができた。
「お店の人が言った通り、本当に小さな水族館だね。雨なのに人が疎ら…」
「お陰でゆっくり見られるじゃん。雨が落ち着くまでさ」
「そうだね」
ラビの為の癒しプランは台無しになってしまったけど。
明るい太陽みたいな笑顔を向けられると、これはこれでよかったかな、と思えてしまう。
ラビの不思議な魅力の一つだ。