第84章 オレの好きなひと。《ラビED》
…深呼吸を、一つ。
「…はぁ」
そのつもりだったのに、漏れたのは深呼吸というより溜息に近かった。
時間になっても現れない南に、また何処かで足止め喰らってるんじゃないかと思って迎えに来て見れば案の定。
言葉通り足止めされていた。
でも、そこに嫌な気配は一つもなくて。
見慣れない、自然な洒落た姿でリーバーと並ぶ南は、凄く綺麗だった。
思わず呼びかけようとした声を呑み込んでしまうくらいに。
それが単にお洒落して化粧して飾り立てられた綺麗さじゃないことはわかっていた。
リーバーが隣にいるから、尚のこと綺麗なんだ。
褒める言葉に嬉しそうにはにかんで、笑顔を魅せる南は何処か大人びていて。
いや、実際オレより年上なんだけど。
なんだか感じたその言いようのない"距離"が、リーバーとの間には見当たらなかった。
自然に映えてた二人の並ぶ姿は、自然にその場に同化していた。
自然に、お似合いだと思った。
(…ンなこと、わかってた癖に。今更感じんなよな)
こんなタイミングでさ。
思わず身を隠してしまった死角になる壁に背を預けたまま、また溜息を零す。
図らずとも動揺してしまった心を落ち着かせる為に、周りのものは全てシャットアウトして自分に言い聞かせた。
南はリーバーのことが好きだなんてこと、朝が来れば夜が来るくらい当然わかり切ってたことだろ。
何今更実感して凹んでんさ。
南に休日誘われたからって、それだけで浮き足立ってさ。
…馬鹿じゃねぇの、オレ。
(これは予行練習さ。寧ろ良い機会だろ)
そう言い聞かせて、頭の中を静める。
ジジイにはまだまだ集中力が足りないって言われるけど、オレだって伊達にブックマンとして生きていない。
心を殺して、感情を消して、気持ちを切り替えれば、向き合うことはできる。
そうやって、周りと一線引いて生きてきたんだから。
もう一度深呼吸。
今度は溜息じゃなく、意図して肺の空気を新鮮なものと入れ替える。
そうして頭の中もリセットさせる。
うし、
(行くか)
ぱちんと自分の頬を両手で叩いて、通路の角から踏み出した。