第84章 オレの好きなひと。《ラビED》
「あの…すみません、班長。引越し作業で忙しいのに、こんな、遊び、とか…」
「何言ってんだ、休みをどう扱うかは本人の自由だろ。そこまで強制しねぇよ。寧ろお前は真面目過ぎるところがあるからな。偶にはそうして羽根を伸ばせ」
「ぁ…ありがとう、ございますっ」
優しく背を押してくれるような班長の声に、すっと心が軽くなる。
他の研究員の皆みたいに、やれデートかなんだと口煩く言ってこないし。
こういうところ、本当大人で素敵だなぁ。
尊敬する。
格好良いとも思う。
焦がれる心は変わらない。
だけど。
そこに苦しくなる程の想いは、感じなかった。
「誰かと出掛けるのか?リナリーとかミランダとか」
「…いえ」
きゅっと、バックの陰で手を握る。
一瞬躊躇った口を、再度開いた。
「ラビと。約束していて」
なんとなく目は見られなかった。
「……そうか」
班長の相槌は、小さなものだった。
「二人でか?」
「…はい」
「…そういえば…前もそんなことあったな。ラビと出掛ける南を、見送ったこと」
…班長も憶えてたんだ…。
「あの時も、今みたいに普段見掛けない格好をしてたから、少し驚いた。でもそれが普通なんだよなって、後から気付いたんだけど」
「普通…ですか?」
「女性なら、華やかな格好をしたいって思っても可笑しくないだろ?その時気付いたんだよな。南も"女性"なんだってこと」
「あ。班長まで皆みたいなこと言う…っ私だって女ですよっ?」
「ああ。わかってる」
心外だとばかりに詰め寄れば、見られなかった瞳と目が合ってしまった。
そこには優しい笑顔を浮かべているけれど、なんだか少し哀しそうな瞳にも見えて。
思わず声が止まってしまった。
「わかってるよ。南が女性なんだってことは」
…顔が若干熱くなる。
そう、だよね。
だって、ラビとも色々あったけど…班長とも、色々あった。
遠いものだと思っていたこの人の心を、身近に感じることもできたから。