第83章 私の好きなひと。《リーバーED》
「じゃあ、また任務で出張する時はそのネクタイ、貸してくれませんか?」
「これを?」
「はい。前の任務でも、なんだか班長が傍についてくれてるみたいで…ネクタイに触れていれば、不思議と落ち着けたんです。安心する、というか…」
予想外の言葉に目を丸くする。
こんな廃れたネクタイに効果があったことよりも、そんな思いを南が向けてくれていたことに。
「…俺が傍にいれば、安心するのか?」
それって結構な殺し文句だぞ。
「え、と…班長、いつも仕事で心強い、し、頼りになる、し…ええと…」
言葉を選んでいるのか、弁解しているのか。
言葉を尻窄みさせる南の顔が、どんどん俯く。
表情は見えない変わりに、はっきりと目に見えたのは髪の隙間から覗く赤い耳。
それは逆効果だぞ南。
ちりりと、胸の奥の何かに火が灯りそうな予感。
「南───」
「あ!私も資料と一緒についでだから私物片付けします…!」
それも束の間。
弾けるように顔を上げたかと思うと、資料と共に散らばった南の私物も片し始めた。
あからさまな空気の流れを絶つ行動に、流石に言葉は続けられなかった。
「はぁ…此処もそうだが、自室の片付けも率先してやれよ。どうせ終わってないんだろ?」
「ど、どうしてわかるんですか」
「見てりゃわかる。そんな連日仕事漬けで、他にまで手が回るはずないだろ」
仕事熱心なのは良いことだが、それで引っ越し作業が終わらなけりゃ周りから苦情言われるんだよ。
引っ越しも仕事の延長線上だ。
あのゾンビ化ウイルス事件でただでさえ遅れてるんだ、急かさないとな。
「なら俺のもんは自分でやるから、南も自分のもんを…」
資料の中から摘み取ったどこか馴染みある羽根ペン。
ひと目見て古いもんだとわかるのに、丁寧に扱われているのかまだ使われている様子のそれに、しげしげと視線を落とした。
これは…
「あ!」
気付いた南が手を伸ばす。
呆気なく奪われたが、既に俺の中でそれがなんなのか答えは出ていた。